ニューロン製菓資料館

ニューロン製菓資料館

むかしのニューロン製菓

(写真提供:久保田明宗監査役)

昭和30年代末の製造風景です。当時は自社製品を製造しており、その写真や営業車なども写っています。製品も人も設備も服装も、現在とは何もかもが違いますが、飴をつくる想いは同じ。先人の心を受け継ぎ、私たちは明日へ進んでゆきます。

製品

弊社の主力製品だったものです。ニューロン製菓の名前の由来ともなった『ニューロングキャラメル』『ひなどりバターボール』『信ちゃん飴』などを中心に製造しておりました。

カットアンドラップ機やリボン包装機等の最新設備を導入し、バラキャラとバター ボールの3大メーカーの一つと呼ばれていました。当時、ラーメン1杯30円という時代に、キャンディは1個1円という価格でした。

製造

当時の製造風景です。この頃、設備の近代化・オートメーション化を図り、格段に製造能力が上がりました。日産にして3トンを製造しておりました。

包装

包装風景です。弊社ではいち早くベルトコンベアを導入しており、当時としては、近代的な工場でした。

about_history03-03

宣伝車・実演販売

ニューロン製菓の宣伝カーです。車にたくさんの飾り付けをしてキャンディを宣伝 しながら全国を回っていました。(写真は、長く弊社の営業の第一線で活躍した久保田です。)お取引先である各地の問屋の車にも弊社のキャンディの看板を載せていただき、宣伝を行いました。

また。全国の百貨店などに機械を持ち込んでは、キャンディ包装の実演販売を行いました。

ニューロン製菓資料館

ページの先頭へ